「いつものBES」を有効活用するためのプラスワン

                          (2021年12月1日)

パソコンが普及していなかった頃、点字器や点字タイプライターを使って、文字通りコツコツと点字を書いていた時代の点訳作業では、修正がなかなか厄介でした。
該当箇所だけにとどまらず、その行に収まらなくなって何行かを書き直したり、ときには行ずれが解消できる箇所まで、何枚かを新しく書き直したことも覚えています。
メールなどで、ちょっと焦った気持ちを表すのに(汗)というカッコ書きが使われますが、そんなときは「大いに汗!」といった状況でした。
私はその時代、点字出版書製作の現場で、足踏み式製版機を使っていました。
修正するときは、先の細いハンマーで亜鉛版の点を叩いてつぶす仕組みの器具を使います。
これは、パソコン点訳と連動した自動製版が行われる現在も用いられていますが、データの段階で校正してから製版を行うので、叩く頻度は少なくなっているでしょう。
ひよこ時代の私は、来る日も来る日もコンコンと響く高い音とともに、ひたすら亜鉛版を叩くことで点字表記を少しずつ身につけたのかもしれません。

さらに、パソコンの恩恵に大いに助けられる時代を迎えても、不器用な私は、パソコン点訳ゆえの失敗をひととおり経験しました。
不測の事態に備えて点訳中のファイルは常にバックアップをとっておくことや、ファイルの分割・結合などの編集作業を行う際には、途中で手違いが生じたときに初めに戻ってやり直しができるように、別フォルダに作業前のデータを保全しておくことなどは、手痛い失敗を経て、習慣になったものです。
パソコンならではの便利な機能も、順序だててマニュアルを読んだり、指導を受けたりしたのでなく、必要に迫られ試行錯誤しながら、自分仕様の活用法が定まってきました。

「点字編集システム」で点訳データを作成するにあたり、コピーや検索はどなたも日常的に最もよく使う機能ではないでしょうか。
2次校正を担当する場面で、読み方やマスあけの不統一が、前の校正によって生じたものであるケースが少なくないことに気付いてから、自分自身、必要と感じる以上に念のための検索を心がけるようになりました。
複数の同じ間違いをその都度校正表にあげたつもりでも、確認検索をしてみると漏れを発見することがありますし、そこが初出だと思って指摘しても、前の巻にもあったことを見落としているケースがあるもので、自分の注意力に限界があることを実感します。
校正していて離れた箇所に出てきたときの書き方と不統一を生じていることに気付いた場合は、そのことを備考欄に書き添えることにしています。
修正に際しても、念のための検索を心掛けたいものだと思います。

ただし、ちゃんと検索したつもりでも、ちょっとした理由で不十分な結果を招くこともあるようです。
「ケアプラン」は合計5拍の外来語で一続きに書きますが、校正した本では「ケア」の後ろでマスあけして点訳されていましたので、指摘漏れを生じないように念のための検索も行いました。
マスあけを含む「ケア□プラン」の検索でヒットしたところが該当しますが、全体を読みながら確認すると、これだけでは抜け落ちる場合があることに気が付きました。
見出しの中にこの言葉が出て来て、「ケア」が1行目の行末、「プラン」が見出し2行目の行頭に分かれている箇所があった場合、データ処理としては、間にスペースではなく改行マークを隔てる形となり、この検索ではヒットしません。
マスあけを含む形で検索を行う際には注意しなければと思いました。
「ケアプラン」の表記を点検する場合には、「プラン」で検索するなど、語の一部を検索ワードにした方が、このようなことを防げます。
できるだけ無駄にヒットするケースが多くならない検索ワードを選択することが、効率的に作業するコツになります。
もっとも効率性を考えるとあまりよい方法とはいえませんでしたが、「ケア」で検索したことで、「ケア□ブラン」などと前置点が誤っているためにヒットしなかった箇所を発見できたこともありました。
行頭マスあけ(書き出し位置)や行中マスあけチェックなどの簡易校正機能はもちろんですが、注意して見直したつもりでもうっかり見落としやすい類のミスをパソコンに教えられることは少なくありません。

データ全体のレイアウト確認や目次掲載ページのチェックなどは、いろいろなやりかたがあると思います。
私自身は、目次に記載したページや、離れた箇所を参照するために本文中に記載しているページが正しいか点検する際には、ツールバー「ウィンドウ」のメニューから、同一ファイルを左右に並べて表示しながら作業することにしています。
同一ファイルを並べるためには、すでに開いているファイルを再度開くわけですが、このとき2回目に開くファイルは「読み取り専用ファイル」となります。
表示するだけで、変更を受け付けないモードです。
同一ファイルを左右に並べたら、一方のファイルで目次ページや参照ページを記載しているページを表示し、もう一方のファイルをページダウン・ページアップ、あるいはページジャンプなどで動かしながら、両ファイルを見比べて確認します。
修正すべき場合にうっかり読み取り専用ファイルの方にカーソルを持って行ってから、書き込みができないことに気付く失敗もありますが、そこから逆に、誤って変更を加えてしまうと都合の悪いファイルを参照する場合には、これが応用できることもわかりました。
「ファイルを開く」のウィンドウに「読み取り専用ファイルとして開く」のチェックボックスがあります。

ツールバー「設定」のメニュー内にある「単語・短文登録」は、よく使う方とそうでない方があるかもしれません。
あらかじめ特定の言葉を登録しておくことによって、割り当てた文字とスペースキーの同時押しによってその言葉をワンタッチで呼び出せる機能ですので、労力の節約になるのはもちろんですが、ミスを減らすメリットもあります。
たとえば「アブドゥラチポフ」のような人名を何度も書かなければならない点訳の際にこの機能を活用すると、初めに登録した文字が正しければ(ここが肝心!)、特殊音の形を間違えたり、6の点を前置するところが5の点になるなどの誤りを防ぐことができるわけです。
ただ、私にとってはデメリットもないわけではありません。
「ア」の文字に「アブドゥラチポフ」を登録した場合、「ア」で終わる言葉の後ろがスペースになるところで、「ア」に対応するFのキーから指が離れ切らないうちにスペースキーに触れてしまうと、思わぬタイミングで、画面に「アブドゥラチポフ」の文字が表れ、びっくりしながら削除することになります。
そんなわけで、特定の語を割り当てる単語登録は、それが有効な資料の点訳が終わったら、すぐに削除するようになりました。
そのかわりに、多くの点訳に共通して有効な単語・短文登録として重宝しているのは、枠線や、自分が点訳を納める団体の製作基準で定められている区切り線です。
たとえば開き枠線は感嘆符、閉じ枠線は「リ」の文字に登録しておけば、書き始めの形+スペースキーの同時押しで呼び出すことができます。
区切り線も、書き出し位置やマス数を数える手間を省けるので助かっています。
このほかその資料で、登録してある区切り線と異なる線や、特定の文字を書き込んだ開き枠線を何回も書く場合などは、一度書いてその1行を行削除(シフト+F2)してから行復活(シフト+F3)で呼び出しておきます。
その後新たな行削除を行わなければ、必要な箇所にきたら繰り返し行復活のワンタッチ操作で、その1行を再現することができます。
コピー・貼り付けも最後にコピーしたものだけが有効ですが、行削除・行復活と併せて使えば、一度書いた文字を記憶させておける場所が一つ増えるわけです。

こうしたプラスワンの工夫は、あくまでもゴールに到達するための道をふやすことにすぎません。
無理に近道を行かなくても、結果として正しいゴールに到達できればよいのです。
けれども、いつもと違う風景を見ながらゴールを目指すのもまた、新しい発見があるのではないでしょうか。

私にとって、亜鉛版を叩きながらミスの多さに打ちのめされていた日々は昔のことになりましたが、点訳の方式が変わっても、迷いや悩みは尽きることがありません。
いまは「点訳フォーラム」が私の支えになっていることを実感する毎日です。
「フォーラム」が提示する点訳のいろいろな場面でのプラスワンを、ご自身に合った形でご活用下さいますように!  (K)