点字の特性を考慮した点訳

小説の点訳で、会話カギの開きか閉じの一方が抜け落ちるミスは、見逃されやすいものの一つです。
本を声に出して読む場合「カギ」と声に出さず、中の文だけを読むことが多いので、無意識に読み飛ばす癖がついているのかもしれません。
原本照合の画面校正では意外に気が付かず、再度そのことに着目した素読みを行った結果、自分の不注意を実感することが少なくありません。
触読者と組んで読み合わせを行うと、相手はよくこれに気付いてその場で指摘してくれます。
点字を読むとき、囲み記号の開きを読んだあと、閉じ記号が出てくるまでは囲みの記号の中にいることを意識して読むことが習慣になっているかたも多いようです。
そんなかたにとっては、閉じ記号が出てきたところでようやく、無事に着地した感じなのかもしれません。
囲み記号の一方が抜けるようなうっかりミスは、読者にストレスを与えることを認識し、気を付けなければと思いました(もちろんすべての間違いに共通のことですが)。

太字やアンダーラインなどを指示符で表す場合についても、同じようなことを感じます。
会話のカギや説明のカッコ類などと違うところは、墨字に付された強調の印を点字で表すことが必要かどうかの判断が求められるところです。
墨字を読む人は、それらの印を文字と同時に目にしていますが、点字では文字とともに記号類も一マスずつ読み取ることになります。
多くの場合、頻繁に開いたり閉じたり、囲む範囲が長かったりすれば、読み手に負担を与えることが想像できます。
それでも必要な場合があることは言うまでもありませんし、点字はそのためにあらゆる文字や記号を表現できるよう合理的に組み立てられています。
しかしだからといって、墨字に用いられた表現をそのまま点字に対応させるのでなく、文脈を読み取るうえで必要な強調であるかどうかを判断する視点も必要だと思います。

墨字は、少し離れた箇所にある文を対照したり、自分に必要なところを拾い読みすることも、たいていはさほど難しくありません。
文字の大きさや字体、飾り記号その他視覚的な要素によって、内容の変わり目も一目で分かりやすいことが多く、漢字をざっと目で追えば、大雑把な内容は把握しやすいからです。
点字を読む人は行あけや書き出し位置の違いなどを手掛かりにして内容の変わり目を確認し、必要な箇所を探し出しますが、墨字に比べると時間がかかることが多いと思います。
ちょっとした言葉の意味などが離れたところに書き添えてあるような場合には、短ければその場にカッコで挿入した方が親切かもしれません。
逆に長い説明をカッコ類に囲んで挿入すると文脈理解を妨げる心配があるようなケースでは、見出しの変わり目など分かりやすい位置にまとめたり、検索性に優れた枠線を用いて近くに挿入することも考えられます。
枠線で囲んであると、必要がなければそれを読み飛ばせる便利さもあるという触読者の話を聞いて、なるほどと感じました。

墨字と異なる点字の特性は、捉え方によっては好都合な場合もあるように思います。
クイズなど、墨字では答が見えてしまっては面白くないので、解答はたいてい離れた場所に掲載されています。
点字は、見たくなくても目に入ってしまう墨字とは違って、読みたくないのに読めてしまったということはありません。
すぐ下に答えが書いてあったとしても、「カイトー」の文字を読んだところで、答を読まずに考えたければ、そこで指を止めることができます。
その理由だけで解答の掲載位置を決めることはできませんが、機械的に墨字と同様に扱うのでなく、考慮材料にしてよいことだと思います。

このようなことはありますが、見るつもりがなくても自然と目に入ることは、晴眼者がふだん意識することなく享受している便利さといえるでしょう。
点字を読む場合はそうではないことを忘れないでいたいものです。
複雑な流れ図や概念図などでは、はじめに概略説明などが一切ない状態で読むと、触読者はなかなか全体のイメージをつかめない場合もあるのではないでしょうか。
情報誌の記事なども、触読者はあらかじめ記事全体を見渡した上で読み始めるわけではないことを考慮しながら、どの見出しを最初に書くか、どの順序で点訳するのがよいかを考えるべきでしょう。

精度の高い自動点訳が実現しても、それだけでは質の良い点訳にはなりません。
点字の特性を十分理解したうえでの判断が、読みやすい点訳につながります。
「点訳フォーラム」はこの視点を大切に、皆様とともにより良い点訳を考えていきたいと思います。(K)

【点字表記の語例検索の際、ご注意ください】
「がん検診」の切れ続きを検索する際、「癌検診」と全部漢字にするか、全部仮名書きにするか、どちらかにしてください。
墨字資料では「がん」は平仮名で書かれることが多いのですが、語例集は国語辞典の見出し語同様、漢字で書けるところは漢字表記で収載していますので、「がん検診」で検索するとヒットしません。
漢字を含む検索でヒットしない場合、念のために全体を仮名にして再度検索してみるとよいでしょう。
またこの場合、「がん 検診」のようにスペースを入れてアンド検索の形にするとヒットします。
いろいろな検索の仕方を工夫してみてください。

「癌検診」「癌患者」「癌治療」などは「一般」にありますが、「○○癌」という病名や、「癌細胞」「癌組織」などは「医学用語」のジャンルにあります。
このように「一般」と「医学用語」とを明確に分け難い場合がありますので、一方のジャンルでヒットしない場合、他方に収載されている可能性も考えて再検索いただくことをお勧めします。
「医学用語」には、病名、病態、臓器・筋肉など人体部位名、鍼灸関係の用語、薬剤として使用される化学物質名、漢方薬名などを収載しています。
「一般」ジャンルで「理化学用語」と注記しているものの中には、医学的な分野で出会うことの多い用語もありますので、ご注意ください。