中途視覚障害者に対する点字学習指導について

                           2024年11月1日

 私は先天性の視覚障害者で、盲学校の小学部から点字で教育を受けました。とはいえ、点字を覚えたときの記憶はほとんどなく、気がついたときには読み書きがそれなりにできていました。大学時代は点訳グループに所属し、自分自身の教材製作をお願いするとともに、点訳物の読み合わせという形で活動に参加しました。パソコンがなかった当時のこと、点訳は点字器かタイプライターを使って行われていましたので、触読は喜んでもらえました。そして必要に迫られて、点字表記のルールを多少は学ぶことになりました。
点字図書館に就職してからは主に点訳書の校正と点訳者の養成に携わりました。点字図書館には、点字学習を希望する中途視覚障害者が時々訪ねてこられます。私どもの施設には今でこそ歩行訓練士が配置され、自立支援事業の一環として点字指導が行われていますが、当時は点字担当ということで、学校を出たばかりで知識も経験もない私が任されました。
晴眼者ならば少し仕組みを説明しただけで、一覧表を見ながらすぐに点字の読み書きができるようになりますが、中途視覚障害者の場合は簡単ではありません。何度か触っていただいても点の数も形も区別がつかないと言われますし、行をまっすぐたどるのも難しいのです。おまけに私には相手の指の動きを確認しにくいため、違う文字を触っていても正しい位置に戻すことができませんでしたし、どのくらいの力で文字を抑えているのかがわからず、力を抜くようにとアドバイスすることもできませんでした。そのうちに相手がいら立ってくると私はおろおろしてしまい、「もういいです」と投げ出されたことも1度ならずありました。雑談に終始することもありましたし、相手の波乱万丈の人生に圧倒されるばかりで、点字学習にならなかったことも少なくありませんでした。ある時、ふとしたことから障害年金の存在を伝えたところ、大変喜ばれたのはよかったのですが、以後来館されなくなった方もありました。私には触ってわからないという実感が伴わず、勉強不足で適切な指導法やテキストの存在を知りませんでしたので、学習のサポートとしては十分とはいえませんでした。それでも、お一人だけでしたが点字受験で按摩・マッサージ師の資格免許を取得された方がありましたし、もともと英語がお好きで2級点字に興味を持たれ、熱心に取り組まれた方もあり、わずかながらやりがいを感じたこともありました。
このようなお粗末な状況の中、当時名古屋市総合リハビリテーションセンターにおられた原田良實先生の点字触読指導法に関する情報を耳にしました。幸いなことに、そのころ私は日盲社協が主催する点字指導員研修会のスタッフを務めていましたので、先生を講師としてお招きして、実際にお話を伺うことができました。期待に違わぬ有益な内容でしたが、中でも次の2点が印象に残りました。一つ目は先生が指導された100名のうち80名は点字が読めるようになったといわれましたが、私にはとても信じられませんでした。二つ目は、五十音の順に教えるのではなく、触ってわかりやすい形の文字(ウ・レ・メ・フ・ア・イ・ニ・ナ)から始めるといわれましたが、私には思いつかないことでした。
その後名古屋まで出かけて、先生が実際に指導しておられるところを見学させていただきました。点字一マスを①④、②⑤、③⑥の3段にわけて考え、上の段から左側に点があるのか、右側に点があるのか、両側にあるのかを確認しながら隣のマスへ進んでいきます。指を縦に動かしてから横へ移動するこの方式については異論もありますが、私にはなるほどと納得できました。
機会は少ないですが、今では先生から学んだ指導方法を生かしながら点字学習のサポートを進めています。さらに、A4の用紙に32マス18行の点字が印刷されたLサイズの点字も、点間と字間が通常の点字よりも少し広いので、学習の導入時には大変有効です。Lサイズの点字から始めると通常の点字が読めるようにならないといわれる向きもありますが、慣れれば自然に移行できることは実証済みです。
点字離れといわれ続けていますが社会全般の点字に対する関心は以前よりも高まっていると思います。先日も空港で観音開きのようなトイレのドアの内側に「アケル」という表記があって助かりました。識見豊かな視覚障害者がかつて「地デジ」を「チレジ」と言っているのを聞いたことがあります。音声だけではあいまいなことも、点字を読めばはっきりわかります。ですからより多くの視覚障害者に点字の便利さを共有してほしいのです。歩行訓練士のような専門家の中にも点字は無理と最初からあきらめる人がいると聞きます。点字に関わる私たち自身、点訳者養成や点字資料の製作だけでなく、点字を利用する人を増やす活動に積極的に取り組むことが大切だと思います。  (T)