国語辞典も取扱説明書を読みましょう

皆さんは、電化製品などを購入したとき、取扱説明書を読む派ですか?読まない派ですか?
ごく最近、電子レンジの取扱説明書を点訳しましたが、実に多彩な機能があることにびっくりしました。(私は30年前の電子レンジを今でも使用していますので、・・・)この機器を効率的に便利に、機能を活かして使うには取扱説明書を一読しないともったいないと思いました。

国語辞典も各出版社から多種多様な辞典が発行されています。それぞれに特徴があり、編集者はそこにこだわって編集していますから、「取説」をよく読んで、機能を活かした使いかたをしないともったいないと思います。
辞書の「取説」は、それぞれの辞典の「序(はじめに・前書きなど)」と「凡例」です。
凡例には辞書の引きかたが細部にわたって具体的に説明してありますから、もちろん大切なのですが、私は、特に「序」を読むことをお勧めします。その辞典のこだわり・特徴について、編集者が精魂を込めて、情熱を傾けて書いています。「三省堂国語辞典」の「辞書は、ことばを写す“鏡”であります。同時に、辞書はことばを正す“鑑”であります。」(初版編集主幹・見坊豪紀の言葉)のような珠玉の表現に出会うこともできます。
「序」には、この辞典では、どの範囲の語を扱っているのか(現代語・古語・固有名詞など)、語義の説明は、現代の意味から載せているのか、古典的な意味から載せているのか、どのような姿勢で見出し語を選んだのかなどが書かれています。
例えば「岩波国語辞典」の「はじめに」(初版)には「この辞書は、現代の、話し、聞き、読み、書く上で必要な語を収め、それらの意味・用法を明らかにしようとした。」「十分安定したとは言いがたい新語(外来語を含めて)は採録しなかった。」「出来るだけ、一語一語の基本的な意味を解明しようとした。」とあります。
「大辞林」の初版の「序」には「語義記述にあたっては、まず最初に現在用いられている最も一般的なものがしるされる」と書いてあります。
国語辞典の代名詞のように言われる「広辞苑」を使用されている点訳者も多いようです。
「広辞苑」は、「広範にして周到、雅語漢語、古語新語、慣用語と新造語、日用語と専門語、旧外来語と新外来語、新聞語と流行語、みなつとめて博載を期した」(初版自序)とあり「百科事典的色彩を加味した国語中辞典」となっています。また「語義の記述も文献による歴史的変遷の順を追って排列されている」(第5版の序)とあります。
このように「広辞苑」は、現代語の辞典であるだけでなく古語辞典も兼ねています。凡例にも「古語を広く収集し」「つとめて古典から文例を引用し」とあります。語義も歴史的に最も古い語義から順に書かれています。
このことを意識せずに使われている方も多いようです。

たとえば「行き渡る」を引くと、「岩波国語辞典」「三省堂国語辞典」「新明解国語辞典」「大辞林」では、「いきわたる」は空見出し(「てびき」p14参照)になっていて、「ゆきわたる」に語義が掲載されています。「てびき」「コラム1」(p19)と矛盾のない結果となります。
しかし「広辞苑」では、「いきわたる」(行き亘る、第7版では「行き渡る」)と「ゆきわたる」(行き渡る)の両方に語義が掲載されています。そして、それぞれ説明の内容が異なっています。「いきわたる」の方には、「①残りくまなく及ぶ。いきとどく。ゆきわたる。②世情に通じている。」として、②に「浮世風呂」の用例が載っています。
「ゆきわたる」には、「①行って渡る。渡り行く。②行く。訪問する。(続古今和歌集の用例)③余すところなく及ぶ。行き届く。普及する。いきわたる。」となっています。

このように「広辞苑」は、歴史的に見て、「いきわたる」と「ゆきわたる」が異なる使われかたをしてきたことを示しています。「広辞苑」を使われる場合には、古語の扱いに注意を払う必要があります。
「行き渡る」のような一般的な語の、現代での望ましい読みを調べるには、「広辞苑」ではなく、もっと小型で現代の語義・用法が書かれている「岩波国語辞典」や「三省堂国語辞典」または、現代の言葉の意味から説明している「大辞林」などを参考にすることをお勧めします。

「辞書に載っていた」ということで点訳者と校正者の見解が異なったり、しばしば施設・団体内で判断が揺れたりするのには、根拠とする「国語辞典」の使いかたに原因がある場合が多いようです。「どの辞典にどのように掲載されていたのか」をお互いに知った上で、読みや切れ続きを検討することが大事になります。

もちろん、「広辞苑」のような中型の辞典は、掲載語彙数が豊富ですから、固有名詞や専門用語も1冊で読みがわかるという便利さもあります。
国語辞典の取扱説明書をよく読んで、その辞典の特徴を活かした使いかたをするようにしたいものです。

前回のブログで「便利な検索のヒント」をご紹介しましたが、「点字表記の語例」の検索方法に「前方一致」「後方一致」「完全一致」が加わりました。これで、一般的な検索エンジンに備わっている検索方法が揃いました。
検索方法を工夫して有効にお使いください。
点字表記の語例は、2020年7月1日の更新で、一般20,000語、医学用語9,765語となりました。毎月1回語例を追加しています。
「アベノマスク」や「マイナポータル」などの新しい語も加わっていますので、「これはないかもしれない」と思っても、まずは検索してみてください。そして、ヒットしなかった場合は、「お問い合わせ/質問受付」から質問や語例追加のご提案をお寄せください。「点訳に関する質問にお答えします」「点字表記の語例」は、皆さんから寄せられた「お問い合わせ/質問受付」で作っていくページですので、どうぞよろしくお願いいたします。(M)