墨字で短歌、点字で短歌

                        2022年6月1日

初級講座の終わりに点字の自由作文に取り組んでいただくと、課題文の点訳には苦戦していらしても、とても読み応えのある点字文を書かれるかたが少なからずいらっしゃいます。
言いたいことを、ご自身が点字で書ける表現を用いて書く、点字にしたときにわかりにくい語は避けて、表音文字で読んでも誤解のない言い回しを工夫するといった配慮が感じられ、豊かな言葉のセンスをお持ちのかたなのだと思います。
私は趣味で短歌を楽しんでいます。
といってもきちんと勉強したわけではなく、五七五七七のリズムに合わせて自己流に言葉をならべるだけですが。
多くの歌は墨字の世界の発想から生まれるものの、点字に関わることも多い生活のなかで、墨字の表現と点字の表現の違いについて考えることがよくあります。

鬱という霧のひやりとかかる日はそのまま霧の住人になる

繊細さとはあまり縁がない自分が多少ブルーな気分になったくらいのことでも、あえて大げさな表現をすることで、どこかふっきれるようなカタルシスをもたらしてくれるのが創作の特徴ではないかと思います。
どうにも元気が出ない日でも、無理せずに霧の住人として淡々と目の前の作業を片付けよう、と自分に言い聞かせると、少しだけ前向きになれる感じというのでしょうか。
この歌は、いかにも「もやっ」と憂鬱な印象の「鬱」という漢字が発想の原点でした。
吹き飛ばそうにも、この画数の多さでは到底無理…いつまでも心にまとわり続けそうな気配です。
このイメージは、表音文字のウツでは、どうもいまひとつ伝わりにくい気がします。
ウツウツやウックツとなるともう少し印象が違うかもしれませんが、点字で表現するのであれば、冒頭の五音は別の言葉にしたいと感じました。
「ふさがれて」「閉ざされて」「おもだるく」…などが浮かぶものの、なかなかここにぴったりとはまるピースが見つからず、たった一文字2拍ながら、漢字の持つイメージ喚起力は、それだけで詩作の動機になることをあらためて感じました。

さくら散る、夢 ゆめ ユメがゆるやかな挫折のように淡く濃く舞う

震災の直後も、コロナ禍でお花見自粛のなかでも、桜は変わらずに咲きました。
満開の頃は短くて、あっけなく散ってゆくことからも、散り方にゆったりしたリズムがあることからも、つい「夢」という言葉を連想してしまいます。
眠っているときの夢はいかにもいっときの幻影のイメージにぴったりしますが、夢は願いごとや未来への目標を表す言葉でもあります。
はかなく消え、あっけなく破れる夢もありますが、桜になぞらえれば、どんな状況にあっても季節が廻ればまた花開くと思えることが希望でもあります。
言葉の直後に点訳挿入符で、ユメ(カンジ)■ユメ(ヒラガナ)■ユメ(カタカナ)のように説明することは韻律を損ないますし、歌の後に「ユメワ■カンジト■ヒラガナト■カタカナ」とするのは、点訳という立場では考えられる処理だと思いますが、はじめから点字で歌を詠むのであれば、説明の必要がない表現を用いたいと感じます。
3通りの書き方をした「夢 ゆめ ユメ」は、ひらひらと方向を変えながら舞い散るイメージに合わせて、と説明すればそうなのですが、そこは文字に対する視覚的な印象にゆだねて、ぼんやりさせておきたいところ。
点字では別の方法で、花びらの動きを感じられる表現にしたい、と考えて、ユメ■…■ユメ■―■ユメガ と変化しながら落下するイメージを点線と棒線に込めることを思いつきました。
ときには記号も、韻律に影響せずにニュアンスを加えるものとして活用できそうです。
墨字で「夢 ゆめ ユメ」をつめて書くのは読みにくいので半角スペースを入れていましたが、点線や棒線を挟むとその必要がないこともメリットかもしれません。

一方、はじめから点字で書き表したい歌もあります。

点筆というシンプルな筆記具でコタフフフフと試す書き味

ボールペンならグルグルグルと曲線を描いて書き味を試すところですが、点筆なら試しに書いてみるとそれも文字になって、なんだか呪文のようです。
どの点筆がよいかを選ぶための試し書きではなくて、久しぶりに点筆を持つときに、快いリズムで書けるかどうかという、いわばウォーミングアップであり、試されるのは点筆ではなく自分の方なのだと気がつきました。
メメメメ…ではかなり疲れますので、もう少しすっきりしたコタコタやフフフフあたりで。
コタコタと文字で小さな空間を囲い込んでいく感じや、フフフフを指で読むときの、区画の中を進んでいくような感触が好きなのだと思います。
太字・細字の違いもなく、ひたすら点を刻むための筆記具ですが、確かに「書き味」があるもので、フフフフがフ・フ・フ・フだったり、フフ…フ…フだったりします。

ところで、点字表記を考える上で拍数を正しく数えることは大切ですが、拍数は語を構成する音の数、短歌で五七五七七というときの数え方も同じです。
和歌はもともと朗詠されるもので、韻律は耳で聞いて心に響くリズムでもあったのでしょう。
そう考えると、表音文字で紡ぐ歌は、和歌の原型に近い形かもしれません。
定型のリズムに合う言葉をあれこれ考えることは、言語感覚を磨く訓練になると思いますし、なにより道具もいらずお金もかからず、どこでもできます。

ツンと伸びスジも気高いアスパラの淡い緑が冴える六月
アボカドのサラダはとろり謎めいて夢の余韻に似た舌触り
丸ごとのスイカを運び来る汗で心晴れれば夏は今日から―!

好きな食べ物を気に入った言葉のならびでスケッチできると、気持ちが少し上向きになります。
点訳・校正は多くの本に出会う作業であり、点字表記の検討は言葉を吟味することでもありますので、多くのイマジネーションやヒントを与えてくれるようです。(K)