日本語点字の略字
2023年2月1日
昨年10月、私が所属する施設で、三療業に従事しておられる利用者から経穴に関する古い図書のリクエストがありました。所蔵館から借り受けて貸し出しを行ったところ、その後ご自身の手元に置きたいという要望がありました。点字出版書でしたので購入できるかどうか調べた結果、絶版であることがわかりましたので、当方で製作して提供することになりました。幸い墨字版は入手が可能でしたので、注文してご本人に購入していただきました。それでも、医療用語の読みに詳しいわけではありませんので、点字図書とその都度照らし合わせながら入力を進めるのが効率的と考えました。そこで借り受け館に事情をお伝えして、貸し出しの延長を許可していただき、点字図書を手元に置くことにしました。こうして準備が整ったので3名で分担して点訳に着手し、私は点字図書の読み手として作業に関わりました。
借り受けた点字図書は『最新経絡・経穴学 上・中・下巻』 大阪市立盲学校理療科研究部昭和44年1月 発行所:大阪市立盲学校同窓会出版部です。墨字版も発行所は同様ですが、昭和45年4月と記載されていますので、点字版のほうが原本だったのかもしれません。50年以上前に作られた本は表紙はかなり傷んでいて、剥がれないように気をつけながらページをめくらなければなりませんでしたが、点字そのものの状態は比較的良好でそれほど苦労せずに読むことができました。ただ、幾つかの解剖学用語に略字が使われていたため、最初は戸惑いました。以下、その使用例をご紹介します。
上・中・下各巻共通で表題紙の裏ページに「本書に使用した略字」という見出しが書かれていて、次の行から略字が記されています。
⑥の点ク:動脈 ⑥の点ケ:神経 ⑥の点タ:靭帯 ⑥の点ツ:関節 ⑥の点ン:リンパ ⑥の点コ・⑥の点ケ:交感神経 ④⑥の点コ⑥の点ケ:副交感神経
そして、本文中では次のように用いられています。
橈骨動脈=トーコツ⑥の点ク
肋間神経=ロッカン⑥の点ケ
橈骨動脈枝=トーコツ⑥の点シ
第2中手指節関節部=ダイ2■チューシュ■シセツ⑥の点ツブ
腕神経叢=ワン⑥の点ケソー
上腹壁動脈=ジョーフクヘキ⑥の点ク
膝蓋靭帯=シツガイ⑥の点タ
行移しは手書きの点字に特有の柔軟さで行われ、本文中では続いている略字の⑥の点クや⑥の点ケが行末に入りきらない場合は行頭から書かれています。全巻を読み通していませんからこれ以上のことはわかりませんが、こうした出版物が存在するということは、ある時期まで盲学校理療科ではこのような略字が一般的だったのではないでしょうか。限られた分野だからこそ頻出する語を略字にすることが可能だったのでしょうし、略字そのものは少数でも複合語が含まれますからマス数が減ることになり、読むことも書くこともより早くできたでしょう。点字出版の面からは、亜鉛板や点字用紙の節約になったと考えられます。
公式に認められていた日本語の略字といえば山々、国々、頻々などの繰り返し言葉をヤマ②③⑥の点、クニ⑤・②③⑥の点、ヒン⑥・②③⑥の点と書き表した畳語符しか知りませんでしたので驚きましたが、6点が持つ可能性(点字の力)を改めて感じた貴重な経験でした。 (T)