校正雑感 その2
今年の節分は2月2日、立春は2月3日です。2021年のカレンダーを最初に見たときには間違いではないかと思ってしまったのですが、明治30年以来124年ぶりのことだと知りました。登録しているメールマガジンでは、豆撒きや恵方巻を食べる日を間違えないようにと注意を促していました。
春の訪れとともに予定通り緊急事態宣言が解除され、新型コロナウイルスの感染が終息に向かうことを願うばかりです。
さて、私は長い間校正の仕事に携わり、いろいろな本との出会いを重ねてきました。点訳でも同じようなことが言えるのかもしれませんが、一見易しいと思われる作品でも、1冊を読み終えた後に、これでよかったのだろうかと自分自身に問いかけることが少なくありません。誤字や誤読、点字表記の明らかな誤りならば躊躇なく校正表に記入して、作業を終えた後には少しは役に立てたという満足感が得られることもありますが、実際には特に読みに迷うことが多く、不消化な状態のもやもや感が残ってしまうのです。
以下、校正作業の中で出会ったことをご紹介します。
「心底」のように「しんそこ」も「しんてい」も辞書に語釈や用例があれば、簡単ではないにしても、文脈による判断ができます。一方、前晩を「ゼンバン」、胸内を「キョーナイ」のように点訳されている場合の判断には困りました。どちらも辞書には載っていませんし、説明を加えないと意味が伝わりにくいと思います。「マエバン」「ムネウチ」と訓読みすれば意味は分かりやすくなりますが、こちらも辞書には見当たりません。両方とも「の」を入れれば当然わかりやすくなりますが、原文と異なるのが問題です。結局、点訳挿入符を用いて「胸の内、前の晩」と説明を入れてもらうように指摘しましたが、煩雑になったような気もして、すっきりしませんでした。
次は原本に悩まされた事例、文豪の短編小説集の角川文庫で2校を担当していたときのことです。
丁稚奉公に「ホウコウ」、老酒に「ラオチュ」というルビがあり、点訳者は「デッチボーコー」「ラオチュー」としていたところ、1校担当者のルビに従うようにとの指摘によって、修正が行われていました。少し違和感はありましたが、意味の理解にそれほどの差支えはないと考えて、そのままにしました。読み進むうちに今度は天竺に「テンジュク」というルビがあって、これにはさすがに疑問を感じました。「テンジュク」とルビの通りに点訳されていたのですが、音だけでは意味不明ですし読み手が戸惑う可能性があると考えて、「テンジク」に修正してもらうように指摘しました。
巻末の注釈まで読み進めたときに、またまた驚きました。「第3回内国勧業博覧会」の説明に、「1890年(明治33年)に開催された」と書かれていたのです。ご承知のように1890年は日本点字が制定された年で、明治23年ですから、記述に誤りがあるのは確かです。そこで内国勧業博覧会を調べたところ、第3回は明治23年に行われていましたので、誤りとして指摘しました。この原本はあまり信頼できませんでしたので、気づかなかった間違いがもっとたくさんあったのではないかと疑いたくなり、このときもすっきりしないままで終わりました。
三つめは、アメリカの短編小説集の2校を担当したときのことです。
『博士の異常な愛情』という映画のタイトルを点訳者は「ハカセ」としていたところ、1校担当者の指摘によって「ハクシ」と修正されていました。備考欄には「国会図書館」と典拠が示されていましたのでそのまま従ったのだと思います。私は、国会図書館は読みを一つに決めている可能性もあると考えてネットを調べてみたところ、「はかせ」という振り仮名を見つけました。ここまでこだわったのは、映画に興味があり、「博士の愛した数式」というタイトルを思い出したからなのですが、結局映画に詳しい知人に相談しました。すると、「SFムービー史 (シネアルバム89号 芳賀書店)」では索引で「破壊都市」「博士の異常な愛情」「爆殺命令」と並んでいること、また「ぴあ映画辞典」でも洋画編で「破壊」「博士の異常な愛情」「パガニーニ」と並んでいるので、「はかせ」がよいとアドバイスされたため、再度「ハカセ」に修正してもらうことにしました。これは、個人的な興味からたまたま正解にたどり着けた、数少ない事例でした。
以上、記憶に残っている経験を書かせていただきました。必ずしも適切とは言えない処理もあったかもしれませんが、校正に関わっておられる方の多くが、いろいろな場面で対応に苦慮しておられるのではないでしょうか。
日本語の難しさと点字の奥深さを追いかけながら、より精度の高い校正を目指して、これからも歩んでいきたいと思います。 (T)
【点訳フォーラムからお詫びと修正のお知らせ】
「点訳に関する資料集」https://tenyaku.jp/data/ に掲載の資料「点訳のてびき指導者ハンドブック」の点字版に1カ所誤りが見つかりましたので、修正し、データを差し替えました。
3章編 データページ 38ページ、5~6行
(印刷ページ 18ページ 4~5行)
「てびき」の参照ページが3版のままになっていました。
正しくは、「てびき」墨字版54ページ、点字版 第2巻31ページです。