校正雑感

新型コロナウイルスへの新たな感染者数が連日三桁を超え、更なる感染拡大が懸念されます。また、熊本県を中心とする幾つかの地域では記録的な大雨に見舞われ、甚大な災害が報じられるたびに悲しくやりきれない気持ちになります。このような不安な状況の中、穏やかな日常のありがたさを改めて感じる今日この頃です。
緊急事態宣言が発令された4月から5月にかけて、外出の自粛が求められた時期、私が住む地域では公共図書館が閉館になり、何人かの人から、借りていた本を返すこともできないという声を聞きました。一方点字図書館は、多少の休業や時短は行われたものの、電話やメール、手紙などで本を注文すれば、郵送によって録音図書も点字図書も借りることができたので、手元に本がなくならないようにたくさん取り寄せて、ステイホームを楽しく過ごすことができたという利用者の声を聞き、うれしくなりました。このように情報提供施設が、頼りになる存在であり続けてほしいと願っています。

さて今回は、校正について書かせていただきます。『点訳のてびき第4版』第1章その6には、「点訳・校正の位置づけ」が取り上げられています。点訳書の製作過程において、校正の占める役割は重大です。校正者には、点字・点訳に関して十分な知識と経験を有することが求められますので、点訳に携わっておられる方の多くが、校正にも取り組んでいらっしゃるのではないでしょうか。私自身長い間校正に関わっています。同じことを続けていてよく飽きないものだと言われることがありますが、自分では選ばないような様々な本に出会い、多くのことを学べるのですから、力不足で落ち込むことはあっても、飽きることはありません。そして、文脈を考えながら点字を1文字ずつしっかり読むことを心掛けているうちに、幾らか注意深くなり、考える習慣が少しは身についたような気がします。
とはいうものの、長い間には思い出すたびに赤面するような失敗を重ねてきました。市の広報点字版製作に取り掛かっていたときのことです。原文との照合をしていたのですが、Jリーグ松本山雅に「サンガ」という振り仮名が付いていましたので、何の疑いもなく点字印刷に回したところ、後日利用者から「ヤマガ」と指摘され、振り仮名が誤りだったことに気付きました。
また、これは県の広報でしたが、「3枚のお札」という昔話が出てきました。「3マイノ■オサツ」と点訳されていたものを、そのまま印刷に回したのです。別の機会に「オフダ」と読むことに気づき、よく知られた民話だっただけに、恥ずかしい思いをしました。どちらも、調査を怠ったことによる失敗でした。
逆に、我ながらよく気付いたと思えることもまれにはありますが、校正は間違いがなくて当たり前ですから、記憶にはあまり残っていません。それでもある小説の校正で、「二十日の二七日には親戚が集まった」という文に出会ったときのことは今も覚えています。「ハツカノ■27ニチニワ」と点訳されていたのですが、いくら何でもおかしいですし、その前にお葬式の場面があったので、「ハツカノ■フタナノカニワ」と校正表に記載することができました(「数2数7ニチ」でもよいと思いますが)。
また、「果敢ない愛」を「カカン■ナイ■アイ」と点訳されていたところを「ハカナイ■アイ」だと気づいたときにも、少しうれしくなりました。
校正は新たな点訳ではありませんので、不都合がなければ点訳者の意図を尊重し、明らかな誤りを指摘する姿勢が前提になります。誤りを指摘する際には、必要に応じて校正表の備考欄などに理由を記載することによって、点訳者に校正の意図を納得してもらいやすくなります。その理由を説明する根拠として、点訳フォーラムの語例集やQ&Aなどが大変参考になります。ですから点訳フォーラムの充実が図られることで、校正作業の円滑化の一助にも繋がると言えます。
ところで、サピエの会員施設として、事務局からデータ修正の要請を受けることがあります。利用者から、私どもが製作したデータに誤りがあるとの指摘があったのです。そのデータを見直したところ、「マスター」が「マスータ」になっていたほか、複数の誤字が見つかりました。わざわざ知らせてくださった利用者の方に感謝するとともに、このように誤字が目立つデータを他にも登録しているのではないかと心配になりました。組織としては『点訳資料校正基準』(全視情協、2015年)に従い、校正(原文照合) → 校正表チェック → 修正 → 点検という一連の過程を2度繰り返しているのですが、十分ではないようです。一つ一つの作業に注意深く取り組むことに加えて、担当者個々のレベルアップが大切だと感じました。『点訳資料校正基準』には、校正者に望まれる姿勢として、以下のように書かれています。
①点訳・校正の場面においてだけでなく、ふだんの生活の中で、漢字や固有名詞等の読みに常に関心を払い、言葉のセンスを磨く姿勢
②言葉へのこだわりを持ち、少しでも疑問に思ったことは、その場で十分調査する姿勢
③点字表記の幅について、常に新しい情報の収集に努力し、自ら積極的に学習する姿勢
一朝一夕に身に付くことではありませんが、自分自身を含めて、校正者皆で研鑽を積んでいきたいと思います。(T)