点訳の基礎

   2022年10月1日

7月から、地元の点字図書館の依頼を受けて、点訳講習会の講師をしています。
「点訳のてびき」(以下、「てびき」)の初版から第2版、第3版を用いての講習会は何度も行ってきましたが、講習会の担当を退いてしばらく経っているので、「てびき第4版」を使って講習会を行うのは初めてであり、改めて「てびき」を読み直しながら説明のポイントを考えるという新鮮な作業を行っています。
講習会は全20回と結構余裕があるので、「てびき」の行間に隠れている規則の理由についてもできる限り説明して、規則の背景について理解してもらうように心掛けています。
「てびき」は、皆さんご存知のように講習会のためのテキストとして作られたものではなく、点訳に必要な規則をまとめたものです。したがって、「てびき」を講習会のテキストとして使うには、必要な個所を「てびき」から抜き取って、少し順序を変えるなどの工夫をして説明する必要があります。
また、初心者向けの基礎的な学習の段階ではむずかしい記述もたくさんあるので、講習会の段階で規則の説明にメリハリをつけ、大事な規則を強調するよう心掛けています。
以下、講師用に作った説明メモから、主なものを紹介します。

1.用語の説明
点訳を学習する前提として、次の用語を理解すること。
①視覚障害者・晴眼者、②点字・墨字
2.点訳の規則には、①仮名遣い、②数字、③アルファベット、④分かち書き、などの要素があること。
3.「仮名遣い」では、原則として現代仮名遣いに準ずること、そして例外として①「わ」「え」と発音する助詞の「は」「へ」は発音どおり「ワ」「エ」と書くこと、②墨字で「う」と書くウ列・オ列の長音は、長音符(②⑤の点)を使って表すこと。
仮名遣いの規則はこれに尽きるのですが、日頃漢字仮名交じり文を使っている私たちは、現代仮名遣いについて意識することがあまりないため、漢字の中に隠れている仮名遣いのややこしさに改めて気づかされることが多くあります。そこで、「長音」か「お」か、促音化するかどうか、「じずじゃじゅじょ」と「ぢづぢゃぢゅぢょ」の使い分け(タ行同音の連呼、タ行の連濁はタ行、それ以外はサ行)など、現代仮名遣いどおりの書き方についても説明する必要があります。さらに、現代仮名遣いと点字仮名遣いの関係(註1)について触れておくことも、受講者の知識を深めるために必要です。

(註1)現代仮名遣い(昭和61年7月1日 内閣府告示第1号)の「前書き」7に、以下の記述があります。
7 この仮名遣いは、点字、ローマ字などを用いて国語を書き表す場合のきまりとは必ずしも対応するものではない。
したがって、前述したように、①「わ」「え」と発音する助詞の「は」「へ」は発音どおり「ワ」「エ」と書くこと、②墨字で「う」と書くウ列・オ列の長音は、長音符(②⑤の点)を使って表すこと、の2点は、点字独自の仮名遣いとして位置づけることができます。

4.数字については、ふだん私たちはアラビア数字と漢数字、そしてごくまれにローマ数字を混在して使っていますが、点字の数字はアラビア数字に近いことを説明すると理解されやすいと思います。また、アラビア数字は位取り記数法、漢数字は命数法であることを説明することにより、例えば「千二百五六十」の点字表記が、「セン□数符2ヒャク□数符5数符60」のようにややこしくなること、位取り記数法ではこの数字を表すことができず、命数法によって「千二百五六十」のように表すことができることを理解していただくことができます。また、5桁の数字を表す場合、例えば、位取り記数法では「12,345」と表すことができますが、命数法では「一万二千三百四十五」とかなりの字数を使って表すことになります。逆に、「100,001」と「十万一」のように、命数法の方が簡単に表すことのできる数字もあります。このように、位取り記数法と命数法の特徴を理解しておくと、点訳の際に便利なことがあります。
このほか、数字に続く言葉は続けて書くが、数字に続く語がア行・ラ行のどれかで始まる場合には数字と同じ形になるため、必ず第1つなぎ符を使うこと、数字には漢字音(いち・に・さん・し・・・・・)と和語読み(ひい・ふう・みい・よう・・・・・)があること、数字は点字の中で数少ない表意文字なので、数字か仮名か迷ったら数字を使って書くことなどを目安として説明すると効果的です。
5.アルファベットについては、外字符(文字、略称)と外国語引用符(外国の語、文)の使い分けが大きなポイントになります。また、1語中のアルファベットと仮名、1語中の仮名とアルファベットでは、扱いが変わること、これは、前置符号があるかないかによることが理由であること、などを押さえておく必要があります。
基礎講習会では、2章の「語の書き表し方」に十分時間を費やして説明することが大切になります。
6.分かち書きについては、「文節分かち書き」と「複合語内部の切れ続き」を分けて説明する必要があります。「文節分かち書き」は分かち書きの大原則で、文節の知識があれば、全く問題はないのですが、実際には迷ったり間違えたりすることが多くあります。
なお、「文節分かち書き」は、日本語を仮名だけで表せば必要になるもので、実際に平仮名だけで書かれた国語の教科書を示すと、受講者の方は納得するようです。
私が講習会で配っている資料を以下にご紹介します。(コンパクトに収めるために、行移しは、原文とは変えてあります。)

どうぶつの はな
こみやま ひろし
たいへんです。 かいじゅうが あらわれました。
こっちを にらんで います。 どう しましょう。
これは、 かばの はなです。
かばは、 かわや ぬまの ちかくに すんで います。
かばは、 はなの あなを とじる ことが できます。
みずに もぐる とき、 はなの あなを とじて、 みずが はいらないように します。
ほかにも、 べんりな はなが、 いろいろ あります。
はりもぐらの はなは、 ながく つきでて います。
はなの さきで、 おちばや つちを かきわけて、 ありや しろありを たべます。
ぞうの はなは、 ながくて、 いろいろな むきに まがります。
はなを じょうずに つかって、 えさを たべたり、 みずを あびたり します。
「小学1年上 あたらしいこくご」(東京書籍)から

「分かち書き」で問題になるのが、文法用語です。点字の規則を説明するには、文法用語を避けて通ることはできないし、文法は極めて大事な要素です。かく言う私は、学生時代は文法が苦手で、「先生は文法が嫌いになるように教えてくれているのではないか」と思ったりしたものでした。そして試験のために嫌々文法を勉強した経験があります。
点字では、「助詞の・・・・・、助動詞の・・・・・は」とか、「・・・・・は形式名詞なので」とか、「文節分かち書き」といったような説明が随所に現れますが、このような説明は、胸にすとんと落ちます。そしていつの間にか、文法用語を使って点字の規則を説明するようになっている自分に気付きます。生きた文章で文法を使った説明をすると、文法が身近に感じられるようになります。「てびき」の分かち書きの項では、文節分かち書きの範囲内でありながら、実際に迷ったり間違えたりするものをたくさん採り上げていますので、そのことを強調しながら説明します。
「複合語内部の切れ続き」では、1文節でありながら、長くなる語を区切る規則で、ここでは「拍数」という概念が登場します。つまり、「2拍以下は続け、3拍以上は区切って書く」という規則です。実際に、「サクラ■ナミキ」は区切り、「マツナミキ」は続けることになりますが、意味を考えると両者の区別が分かりにくくなります。
ここでは、「日本語4拍子論」(註2)を説明すると納得していただきやすくなると思います。

(註2)日本語4拍子論
日本人のリズム感では、4拍子が合うようです。「てびき」の用例にもありますが、
英語検定⇒エイケン、ハイテクノロジー⇒ハイテク、パーソナルコンピューター⇒パソコン、マスコミュニケーション⇒マスコミ、デパート地下⇒デパチカ、などなどです。

複合語の切れ続きの規則を決める際に、2拍で区切るか3拍で区切るか日点委で議論をした結果、3拍で区切った方がリズムに合うということになりました。つまり、桜並木は「サクラ・休止符・ナミキ」と間に休止符が入りますが、松並木は「マツ休止符ナミキ」ではなく、「マツナミキ」と一続きに発音する方が自然なわけです。
俳句も、4拍子でとらえた方が分かりやすいと思います。
(/は4拍子の切れ目、中点は休止符)
ふるいけ/や・・・/かわず・/とびこむ/みずの・/おと・・
すずめの/こ・・・/そこのけ/そこのけ/おうまが/とおる・

このようにして、初心者向けの基礎講習会では「てびき」のエッセンスを採り上げ、規則の説明に当たっては、その理由を含めて説明することを心がけています。

私は、今から60年以上前に点訳講習を受けました。私が住んでいた県では、新しい受講希望者が現れると先輩に当たる人が、日本点字図書館館長の本間一夫先生が書かれた「点訳のしおり」を基に2回(計4時間)で点字の組み立てから点訳上の規則の説明を一気に行い、あとは、課題文を順に点訳して講師の先生にチェックしていただく方式でした。そして、本式の点訳の許可をいただくと、今度は後輩の指導にも関わるようになりました。実際に点訳したり規則の説明をしていて、「点訳のしおり」の記述だけでは不十分なので、本間先生の許可をいただいて「点訳のしおり」に規則を付け足す形で独自のテキストを作って使ったものでした。講習も、2回から1か月、2か月と次第に長くなり、テキストの解説をして、該当部分の課題文を点訳するという今の形に近い方法になっていきました。2回でまとめていた説明を1か月、2か月と延ばしていくと、受講する人が途中で辞めてしまうのではないかと危惧していたのですが、実際には、長い講習をするほど定着率が高くなるという結果も生まれました。今では、基礎講習に半年から1年かけている施設や団体が多いことと思います。

点字図書館での講習も半分近く進みました。人は、最初に受けた説明を将来にわたって引きずる傾向にあります。そのことを意識し、私自身も楽しみながら丁寧な説明を心掛けて講習会を行っています。  (F)