辞典とのかかわりについて

                         2023年11月1日

5月のブログで「視覚障害者と辞典」というテーマが取り上げられました。今回は私も、視覚障害者の立場で辞典とのかかわりについて書かせていただきます。

盲学校の中学部時代、ほとんどの生徒がそうだったように私も辞典を持っていませんでした。国語も英語も、教科書以外には先生が教えてくださる言葉の意味をメモしていただけでしたから、なんとも心もとない勉強法でした。3年生の国語の教科書に有島武郎の『生まれ出づる悩み』の一部が掲載されていて、その中にわからない言葉がありました。父親に国語辞典を引いてくれるように頼んだところ、不承不承調べてはくれたものの結局意味は分かりませんでした。今考えると私が複合語の形で伝えたために、見出し語にたどり着けなかったような気がします。とにかく、自分自身の手で辞典を引きたいと強く思った瞬間でした。他人に辞典を引いてもらうのは、こんなこともわからないのかと見下されそうな気がして、言い出しにくいのが正直なところでした。

高等部に進学して初めて買ってもらったのは、東京点字出版所発行の『新英和辞典』(全18巻)でした。原本価格は400円のポケット辞典だったようですが、当時は点字図書の給付制度はありませんでしたので、親にはかなりの負担だったはずです。おかげで英語については発音記号を確認したり、単語帳を作るなど、少しは勉強らしいことができましたが、国語については東京点字出版所発行の『必修古語3000』(全4巻)を持っているだけでしたから、相変わらずお粗末な状態でした。

地方出身で寄宿舎で暮らしていた私は、長期休暇で帰省する際にも英和辞典だけは傍に置きたいと思い、点字用郵便で何袋も郵送しました。そして3年生になって参考書が欲しくなり、帰省先の点字図書館を訪れるようになりました。その際、職員の方に郵送の話をしたところ、所蔵されていた同じ英和辞典を借りられるように取り計らってくださり、早速父に頼んで車で運んでもらったことを覚えています。地元の点字図書館の親切な対応に心から感謝しました。大学進学後に増えたのは、同じく東京点字出版所発行の『独和新辞典』(全16巻)だけでした。

国語辞典を日常的に使い始めたのは、点字図書館に職を得て、点訳書の校正に携わるようになってからのことでした。当時の私の語彙力はお話にならないほど乏しく、所蔵されていた『新明解国語辞典』(全50巻、東京点字出版所)を手近なところに置いていつでも利用できたからこそ何とか仕事が進められたといえます。初めて国語辞典の凡例を読んで「老人語、百姓読み」という新明解独特の用語に接し、日本語の高低アクセントを数字で表すことなどを知って辞典の面白さを感じました。

「てんやく広場」が発足して間もないころ、声楽家を志す学生さんから伊日辞典の点訳依頼があり、今度は辞典を提供する側になりました。IBMから貸与されたパソコンを使用して10人ほどの点訳者で取り組んだのですが、職員が辞典の重さをはかり、それを人数で割って一人何グラムずつと割り当てたことが懐かしい思い出です。私は点訳方法を決めるために、日本ライトハウス発行の『コンサイス英和辞典』(全100巻)の点字版凡例を何度も読んで参考にしました。90巻ほどにまとめて何とか形にはしたものの、イタリア語を知っている人は誰一人いなかったのですから、かなり無謀な仕事でした。

職場でも自宅でも点字ディスプレイを利用するようになってからは、校正にも教材づくりにも欠かせない存在として、『点字大辞林』や『ランダムハウス英和辞典』を大いに活用しています。私どもの施設で受け入れたバングラデシュからの研修生に「網膜色素変性症」という英語を伝えられたのも、『ランダムハウス英和辞典』のおかげでした。漢字の使い方を調べるにはネット上の辞典は便利ですが、音声で聞いただけではサ行のジ・ズなのか、タ行のヂ・ヅなのか区別がつきませんし、特に英語は読み上げられても私は全く頭に入らないのです。ですから必要に応じて、『デジタル大辞泉』のような辞典を音声読み上げソフトを使って利用できることに加えて、点字データになっている辞典を利用できることは大変ありがたく、日々感謝しています。 (T)